ミクリミトロポリ I ----有志展 ミクリ・ミトロポリ----

1993年12月22日〜25日 東京・高田馬場「ギャラリー麦」

アマチュア芸術集団「ミクリミトロポリ」の原点は、実は1992年2月の東北にある。
以前から友人同士だったカワハラ・モトミヤ・ヤマシタは、その冬仙台〜津軽を回る旅に出かけた。特に風変わりな行程でもない旅だったが、何故か全て一筋縄ではいかず、三人の心に大きな衝撃を与える結果となった。だいたい、何故このメンバーで東北を旅行することにしたのか、今となっては誰もよく分からない。

一方カワハラは当時、気の合う仲間でささやかな作品展をしたいという希望を持っており、メンバーを集めていた。まず声を掛けたのは同じ学校の美術部にいた、モトミヤ。次に他校の美術部にいた、ヤマシタ。更に1993年の年賀状にて、同じく以前からの友人であった画家の卵・クツザワを。クツザワからは間もなく快諾を受け、ここに四人組が完成。

そんな折、カワハラとヤマシタはギリシャ旅行に出掛ける。1993年2月、アテネの教会建築巡りが目的の旅であったが、当然これも一筋縄ではいかず、二人の心に大きな衝撃を与えたばかりか、その後(1993年5月頃?)ミーティングで決定された四人のグループ名が、アテネに実在する小聖堂の名前「ミクリミトロポリ」になってしまうほどであった。
四人とも背が小さい(ミクロ)し、語感も面白いしいいんじゃない、くらいの理由で決まったような気がするが、今となってはそれもよく分からない。その年の暮れにささやかに開催されたのが、この「有志展・ミクリミトロポリ」である。

そんなミクリが、その後も毎年展覧会を開き続けることになるとは、当時はメンバー全員思ってもみなかったのである。

<カワハラ>

micri93.jpg  「招待はがき」モトミヤ作(1993:シルクスクリーン)


**出展作品**

 

 93mktop.jpg モトミヤ

 

解禁(1991:油彩 F10号)
息する羊たち (1992:油彩 F10号)
未遂後(1993:油彩 F10号)
立体拡大コピー/附録 立体カラーコピー
(1993:アンティーククレイ 高さ7.5cm〜12cm)
筆置き3点/i:アラビック ii:退屈な人々 iii:磨崖仏
(1993:ウッディ粘土 横10cm〜15cm)
 

 93kttop.jpg クツザワ

 

裸婦 習作1(1992:油彩 F30号)
裸婦 習作2(1993:油彩 F30号)
縮みの部屋1・2・3(1992:アクリル・ロウ F3号)
パラレル・スター(1993:油彩・アクリル・鉛筆 F60号)
村の娘(1989:木版 30cm×40cm)
 

 93kktop.jpg カワハラ

 

金星(1990:油彩 F6号)
金星II(1993:油彩 F4号)
お葉(1991:油彩 F15号)
炎の庭(1993:油彩 P20号)
 

 93yktop.jpg ヤマシタ

 

嵐の孤児(1992:油彩 F30号)
梅若堀(1992:油彩 F30号)
アドバルンのある風景(1993:油彩 F20号)
連作「関係者以外ノ立入リヲ禁ズ」(1993:ミクストメディア)

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